その情報は人をどんな気持ちにさせるのだろう

デジタル上の情報と長いこと付き合ってきた中で、少しだけ思うことがあって、改めて自分への学びであり、心がけたいこととして、ここに書きたいと思います。

人と気軽に会えない今の時代、WebやSNSなどデジタル上での情報が、人が費やす時間の多くを占めるようになっているのではないかと思います。

もちろんそれは、仕事内容や職種などにもよるけれど、私のようなコンピュータを使ってする仕事の方々は、今までもそうだったけれど、より一層それが進んだ感があります。

その中で改めて思うのが、「人の時間は有限」ということです。

自分が10代の頃は、自分が死ぬときのことなんか考えもしなかったのですが、歳を重ねてきて、人生の半分くらいを生きると、人生の折り返し地点ということで、残された時間を意識するようになるものです。

そうすると、その残された時間を何に費やそう、費やすべきか、費やしたいか、と考えるようになります。

とは言いながらも、生きていくためには、目の前にやらなければならないことたくさんあって、さらに次々と更新される膨大な情報に毎日囲まれて、1日1日が淡々と過ぎていきます。

そんな日々の中でも、自分の貴重な時間を費やして、何気なく情報を見たり、人と話したり、物事考えたり、働いたり、勉強したりしているわけです。

だからこそ、このブログもそうですが、何か情報を発信するときは、少しでも人に役に立つことだったり、学びになったり、ちょっと人を幸せにしたり、楽しい気持ちにできるように心がけたいなと。

せっかくその文章を読むという時間を費やしてくれたのだから、少しでもプラスになった方が自分も心地いいなと。それが、嫌な気持ちや不快な思いを与えてしまうものだったら、それだけの理由があるべきなのでは、と。



そんなことを考えつつ最近思うのは、このコロナ時代、リモート時代だからこそ、箕澤屋みたいな場所を大切にしたいなという気持ちが強くなっています。

私自身もそうですが、仕事はすべてリモート、人と会わずにすべての仕事を完結させています。そうすると、無理やり人と合う時間を作らないと、人と会う理由は全くないということ。もちろん、今はコロナ感染拡大防止のために会う時間を作れない、というのもありますが。

とはいえ、せっかく時間を作って人と会うのであれば、自分にとっていい影響を与える人に会ったり、ポジティブな気持ちになったり、心が豊かになったりする環境に身をおきたい。

そう考えたときに、箕澤屋がそういう充実した時間を作り出せる場となり、何かポジティブなことが生まれるきっかけとなる場所にできたらいいなーと。

時間が自由に使えることは当たり前ではない。
その人がいつも一緒にいてくれるのは当たり前ではない。
人を尊重し、人に誠実に。

そんなことを考えつつ、誰にとっても平等な時間を大切にしたいなと思う今日この頃です。

Ayana

Ayana

箕澤屋プロジェクト代表兼管理人。2014年にこの家の存在を知り、魅力的なこの家を残すために活動しています。夏だけかき氷カフェ店主。フルーツ農園の娘。食に関するWebの仕事をよくしています。SNSでは、食や技術のことをときどきつぶやいています。
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